2005年06月03日 記述。
2005年06月06日 追補改訂。
2005年06月12日(その2) 闘病日記より移設。
2005年06月26日 補足を追記。
南九州の方言、特に宮崎県南方言の特殊性についての私見を書きます。
鹿児島と宮崎の一部(他の南九州域でも通じるかも)には「てげてげ」という特徴的な言葉がある。概ね「いいかげんに」「適当に」、完璧を求めず適当に済ます、という精神。以下の例文は県南方言の串間市バージョン。例)「そんげなんたぁてげてげでよかっちゃが(日本語訳:そんなのは適当で良いんですよ)」。日常生活で浸透していると生活は楽だけど、厳密な仕事をさせるとちょっとアレ。そして、韓国には「ケンチャナヨ」という言葉があって、この言葉の意味の一部と凄く似ているのだけど、「ケンチャナヨ」にあって「てげてげ」にない意味に、「いいよいいよ」「気にするな」というニュアンスがある。タイの「マイペンライ」と韓国の「ケンチャナヨ」はかなり近い。どっちも行ったことないけど。いやタイは行きたかったけど。まあそれはあれだ。何が言いたいかと言うと、そろそろ韓国も「ケンチャナヨ精神」を対外的に応用すべき時に来ているのではないかと思う訳ですよ。日本も言うべき事は言う時期と思っていましたが、それは小泉内閣になってからかなり変わりましたね。ほんとに。
「いいよいいよ」は「よかっちゃが」「よかどよかど」という感じになる。後者の例のように、強調するために二回繰り返すことが多い。このシチュエーションでは、「てげてげ」は使わない。ちなみに「てげ」を単体で使うと「とっても」「凄く」という意味になるから不思議。例)てげなうけど(日本語訳:とっても多いよ)。例)てげなひったまがったが(日本語訳:とってもびっくりしました)。ひったまがった=「ひっ」は強調語。たまがった=びっくりした。「てげ」そのものは、他地域で言うところの「たいぎゃ」、つまり「大概」のなれの果てと思われる。
しかし、てげてげ精神はあっても、列車もバスも概ね時間通りに来るのはさすが日本。ただし日向(ひゅうが=宮崎県の旧国名)時間という現象があって、乗客起因でたいてい乗り遅れたりする。なので、列車もバスも待ってくれたり、一旦走り出しても停めて乗せてくれたりする(俺の祖母は少し走り出してスプリングポイントを踏みかけた日南線のキハ28+キハ58を停めた強者)。「午後3時集合」というと、みんな午後3時かちょっと過ぎたぐらいに家を出るので(日本の他の田舎でも似たようなところはあると思いますが)、何かを主催する立場だったりすると、この「日向時間」を織り込んでおかないと段取りが立たない。
さらに脱線すると、宮崎県の県民性を表す特徴として、「だるさ」を表現する言葉が三つあり、それをシチュエーションに応じて使い分けるというものがある。「のさん」「よだきい」「だりい(強調語はひんだりい)」。どの言葉も標準語への言い換えをすると、「だるい」という意味を包含する、という重要なファクターが脱落しがちなので、翻訳の時には原語が持つニュアンスを活かすように注意。
・「のさん」は、精神的に辛くてだるい。例)こん坂登ったぁてげのさんね(日本語訳:この坂を登るのは本当にしんどくてだるいですね)。
・「よだきい」は、面倒くさくてだるい。例)部屋どん片づくっとがよだきい(日本語訳:部屋を片づけるのが面倒くさくてだるいです)。
・「だりい」は、身体的にだるい様子。例)風邪引いちかいひんだりいー(日本語訳:風邪をひいたので、とても気だるいです)。
・さらに県南では「およばん」を、身体の調子が悪い時に使う。例)今日なおよばんど(日本語訳:今日は身体の調子が悪くてだるいです)。
「のさんちかいいう山んよだきいちかいいう木が立っちょっとよ」という半ば自虐的な例え(日本語訳:のさんという山によだきいという木が立ってるんだよ)もある。「ちかい」=「……という」。子供はよく遊びで「ちかーいよ」と言うが、意味は「なーんちゃって」という感じになる。
宮崎県の方言分布は複雑で、特に豊日方言系に属する宮崎弁が概ね県央(宮崎市周辺)、県北(日向市・延岡市周辺)、県南(日南市・串間市周辺)に分布している。だが、県南方言は鹿児島弁の影響を強く受けているので、個人的には県南方言は諸方弁に類属するのではないかと思っている。話が前後するのだが、都城市、えびの市周辺は、薩摩方言系の派生方言として諸県弁(もろかたべん)がある。
一部に「二重母音の単母音化現象」が見られる。きょう(今日)kyou=きゅkyu。いちばん珍しい例としては、ハエhae=ふぇfe。ふぇーがとまっど(日本語訳:ハエがとまるよ)。 母音の1個目が消失する形になることが多いようだ。
もちろん宮崎県全域で共通に使われている言葉もたくさんある、たとえばおんどみゃ=私たち、わんどみゃ=あなたたち。九州の北の方に行くと「おんどみゃ」は「おどみゃ」になりますね(島原鉄道の「おどみゃ島鉄」を思い出していただきたい)。「五木の子守歌」にもある(*1)。よかげな=良いんだって(「げな」は伝聞に使う)。「はわく」(ほうきなどで掃く)。「きびる」(結ぶ)。
(*1)「おどみゃ盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらんど 盆が早よ来りゃ 早よ戻る」という、鬱入る大変さみしい子守唄。詳しくはこちら。「赤い鳥」も歌った。オフコースも小田+鈴木の2名時代にライブでカバーした「竹田の子守唄」(「守も嫌がる盆から先にゃ 雪もちらつくし子も泣くし」)と混同しないように気をつけたい。
南九州全域ではないようだが、仲間に入れることを「なかす」と言うところがあって、転校して間もない頃、ドッジボールか何かで「せんせ〜、こん子なかしてよか?」と言われて驚いたことがある(泣かして良い?と聞かれたと思ったのだった。日本語訳はもちろん、「先生、この子を仲間に入れて良い?」)。
オノマトペの一部としての、強調語を二重にする技法を用いる方言は、土佐弁(「げに」「まっこと」)ぐらいと思われがちだが、実は宮崎県南にもある。たとえば「ひっけしんごつぬきかったがー」(日本語訳:本当に死にそうなほど暑かったですよ)。「ひっ」と「け」は両方とも強調語である。「けしぬ」は鹿児島弁「けしん(=「死ぬ」の強調語)」からの借用語で、「けしぬ」と併用されることも多い(例に挙げたものがそれである)。「わらそんげなんこつしょっとひっけしぬっど」(日本語訳:お前、そんなことしてると死ぬぞ)。
宮崎県南方言が、宮崎弁でなく諸方弁の系列になるのではないかという個人的な推測を裏付ける一つとして「ラーフル」がある。これは黒板消しのこと。薩摩大隅地域での特徴とされているが、宮崎県南でも言う。実際、らーふる当番というのがあった。授業の合間の休み時間に、黒板消しを2個叩き合わせてチョークの粉を飛ばす当番である(今は機械化されているようだが)。ラーフルについてはここが詳しいです。
前述の通り、鹿児島弁からの借用語も多い。「いを」(魚)、「にな」(貝)、「じゃっど」(そうですよ)、「うんにゃ」(いいえ)、「よかにせ」(良い顔、イケメン。にせ=顔)、「せからしい」(うるさい)。じゃっかい、じさんばさんどみがひっけしにゃらんうちん、方言ぬ借用と分布状況な調べちょいた方がよかっちゃねか思うっちゃけどどんげやろか?(日本語訳:だから、爺さん婆さん達が死なないうちに、方言の借用と分布の状況を調べておいた方が良いのではないかと思うんですが、どうでしょうか?)。「がられる」(怒られる)は借用語ではないようだが、分布が良く分からない。
吐き捨てるように言う「じゃれよ」「じゃっつよ」は売り言葉に買い言葉の危険なシチュエーション、日本語化が難しいが、たいていこの後「のぼすんな」「わら、めあがんな」ときて、殴り合い(もしくは、寸前)の喧嘩になりますので、急いでその場を離れて下さい。
宮崎県人が他地域で苦労するのは「なおす」だろう。「こん掃除機直しといて」は、現地では「この掃除機を片づけておいて(または、しまっておいて)」、となるけれども、これをそのまま他地域で使ってしまうと「修理しておいて」という意味になってしまうので、相手がびっくりすることが多い。県北では「かたす」と言うようだ。
いまでも九州ネイティブの人と電話やボイスチャットで話をすると、つられてイントネーションが復活しそうになることがある。かなり早口なので、東京で宮崎県南方言どうしでしゃべっていたり、電話でしゃべっていたりすると、まれに韓国語と間違えられる。方言で電話していて「韓国語できるんですか?」と聞かれたことが何度かある。また、怒っているように聞こえるらしい。『そういう意味では』韓国語に通じる部分があるかも知れない。